2007-05-27 20:57:58

世界を旅した帽子。

世界各国に有名な日本人宿があるが、イスタンブールにあるツリーオブライフはその中でも指折りだ。トップクラスに日本人ばかりで長期滞在者が多く、トップクラスに汚い。初めての海外旅行だった友達は初日にここに泊まったので、これが普通なんだと思っちゃったらしいが、実は僕もびっくりしたほどだった。
そこの宿に、旅先で出会った友達を訪ねに行くと、モロッコで一緒にご飯食べた人に出会った。ここまでは日本人宿に泊まればよくあることなのだが、その人が僕の顔を見てちょっと待ってて言い残しベッドへ行き、なにやらなにかを取り出し、持って来た。なっなんとそれは僕がモロッコでなくした帽子ではないか。なんと彼はいつ、どこで出会え、返せるかもわからない僕の帽子をバックパックに詰め旅をしてくれていたのだった。偶然の再会が長期旅行の醍醐味だったりするが、こんな事は初めてだ。
思い起こせば六年前にもなるのか。
「18歳の青春を青春18切符で作る。」
という単純な思いつきから
「鈍行で一日でどこまで行けるんだろう。」
という単純な疑問を解くべく、
「日本最後の清流、高知県の四万十川の天然うなぎを食う。」

そんな感じで始まった初めての一人旅からずっと一緒だったこの帽子とバックパック。
そんなこいつが僕の元に帰ってきた時、こいつらはいつも僕のそばで僕と一緒に旅してくれてたんだって事に気が付いた。

僕達が生まれた時代は「物より心の時代だ。」なんてよく言われている。
でも僕達の先祖ってモノを物とも者とも言った。者と同じように物にも心が宿ると考えていたのだ。様々な環境問題が騒がれるこの時代、「物も心も大事な時代だ。」と思う。
地球も人間も大切にできる時代。はやくそんな時代が来ないかな。いや、そんな時代を作るのは僕たちなのかもしれない。

ありがとう、帽子くん。
無事、日本まで一緒に帰ろうね。

Posted by : suwabe

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2007-05-22 22:10:07

友との別れで。

二週間、共に旅した友との別れがやってきた。初めての友達との海外旅行。たくさんの思い出と共にたくさんの発見があった。今まで、一人旅が一番だと思ってた。自分で考え、自分で行動し、自分で感じるままに。それが自分の成長に繋がるものだと。
でも、違った。
一人だった行かなかったような街、一人だった出会わなかった人、一人だったら教えられなかった日本の文化や伝統、、一人だったら楽しめなかったハプニング、一人だったらできなかった。。。
いつもだったら起きないたくさんの出来事の中でいつもだったら感じられない何かを学び、新しく自分の中に流れ込んで来る価値観。
世界中に散らばるたくさんの生活、それに伴うたくさんの価値観。それを見つめようとしていた僕の目は、自分の興味のある場所や事にしか目を向けようとしていなかったのかもしれない。
これからいくらたくさんの国を流れたって、なんとなーく僕の興味のありそうなことにしか出会わず、なんとなーく同じような事を感じるんだろう。
そう感じた時、なんかふっと肩の力が抜けた。流れるといっても一人旅では最終的な決定権は自分自身にあった。じゃあしばらく流れるんでなくほんとにふにゃふにゃに流されちゃおう。

今までは全然へっちゃらだった久々の一人野宿に少し寂しさを感じながら今日はイスタンブール空港で寝た。
そして他人任せな中東への旅が始まる。

ありがとう。とるこよ。
ありがとう。友よ。
ギュレギュレ!

Posted by : suwabe

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2007-05-16 18:17:00

ダービー!

サッカートルコリーグに世界一危険なダービーとして有名なイスタンブールダービーがある。イスタンブールにはジーコが監督を務めるトルコのレアルマドリッドことフェネルバチェ、サッカー元日本代表稲本潤一選手が所属するガラタサライ、ベッカムと並ぶイケメンと呼ばれていたイルハン選手が所属していたベシュクタシュという3つのチームがあるのだが、中でもフェネルバチェ対ガラタサライが世界一危険で有名なダービーである。
僕達が見に行ったのはガラタサライ対ベシュクタシュ。異様な雰囲気の中スタジアムに向かうとスタジアムの前では大応援が始まっていた。一緒になってはしゃいでいると、イナモトコールが起こる。いつの間にか大応援の中心になっていた僕に何かを渡すトルコ人が。。。気が付けば僕の手に火のついた発炎筒があったのだ。なにがなんだかわからないまま大合唱に合わせ発炎筒を振り回す僕。するとなんだこの外人は?という目で逃げて行くトルコ人。さっきまでぎゅうぎゅうだった中心はぽっかり自分だけ。
そうなにを隠そう、僕は世界一危険なイスタンブールダービーで世界一危険な男になったのだった。
そんなことはどうでもいいとして、スペイン、イタリアもそうだったが彼らのサッカーに対するアンデンティティーといったら半端ではない。サッカーが試合がある日は仕事を休み、朝からユニホームを着て街を練り歩く。試合が始まる前から大合唱し、試合が始まれば選手の一挙手一投足に大声で叫ぶ。勝てば雄叫びを上げ、負ければ罵声を浴びせる。
帰り道は歓喜で暴れ狂うサポーターで道はふさがり、待っている車といえばそんな彼らへの怒りのクラクションではなく、自分も箱乗りになって鳴らす祝いのクラクション。
そんな彼らに脅威を感じつつ、人をそこまで熱くさせるフットボールの魔力を目の当たりにした。
日本では何型?だとか何歳?だとかよく聞かれるが、トルコではガラタサライ?フェネルバチェ?ベシュクタシュ?などとよく聞かれる。彼らにとってフットボールとは生活の一部であり、血の種類や年齢以上にフットボールこそアイデンティティーなのかもしれないと思った時、2002年のワールドカップでトルコが日本に勝ったというよりトルコが3位を獲り世界の強豪に名を連ねるようになった理由の一つがわかった気がした。

Posted by : suwabe

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2007-03-22 13:39:10

水着で遺跡。

石灰棚で有名なパムッカレは遺跡に温泉が湧き出ているため、遺跡に水着というとってもおかしな風景が見られる。
ここでフェティエで知り合った韓国人の女の子と4人で水着で観光していると韓国人の男の子と日本人の女の子に会い、ちょうどいいということで意気投合して一緒に遊ぶ。
言葉は日本語。僕達はアンニョンハセヨー。サランヘヨー。くらいしか離せないのに彼ら流暢な日本語を話す。
旅に出てわかった事の一つに外国語を話せるということはそのためにとても努力したということ。とっても簡単な道ではない。何年そこに住んでいたって努力をしなければ話せる人はいない。ただ旅行する。ただ住む。長く滞在していてその国の言葉を勉強しようとしてなかった人ってどことなく長く住みながらその国の人や文化を受け入れ切れてない人が多い気がした。
そこから言葉を勉強する。に結びつける人ってその国の人や文化を受け入れることができる人なんだと思った。

韓国に恋しているかとぅーは日本と韓国の架け橋になりたいと必死になって韓国語を夢中で勉強し、動き回ってた。
まっさは、お邪魔しますの心でその国言葉をたくさん勉強し、無邪気に現地人とコミュニケーションを取っていた。
そんな友達を今、純粋に尊敬した。

関心を持つこと。興味を持つこと。そこからなにかを始めること。これは愛でもあると思う。
マザーテレサの有名な言葉に、愛の反対は無関心という言葉がある。ならば無関心の反対は関心でもあるから、言い換えれば、愛は関心だ。関わろうとする心だ。
韓国人の二人から関わろうとする心から愛を感じた。
僕達が「チング」友達になるのに時間はかからなかった。
言葉はしゃべれないけど僕達の関わろうとする心も彼らに通じていたのだろう。

ここパムカッレで裸の付き合いならぬ水着の付き合いをした僕達はずっと「チング」友達だ。

この気持ちを大切にしたい。

Posted by : suwabe

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2007-03-05 15:40:38

バスの中。

学校帰りの子供達にあった。子供達にちょっかいを出すと、子供達は僕らに興味津々。知っている限りのトルコを並べ、同じ事を何回も繰り返し、それだけでコミュニケーションを取る。そんな意味のわからないコミュニケーションがおもしろい。お互いがお互いに興味を持った時、そこに言葉の違いや年の違いや性格の違いなんて関係なくなるんだ。
でも、同じ言葉何回もしゃべってるのもおもしろくなくなってきたので、他のトルコ語しゃべって楽しまそうとガイドブックの後ろの方にあるトルコ語集を見ながら片っ端からしゃべる。そこであるフレーズ発見。そのフレーズを何回も小さな声で口ずさみ覚えてから、子供の一人ムスタファに向かって、「ムスタファ、火事だー!」とトルコ語で叫ぶ。ムスタファと子供と席の周りの人も、僕の指す指先を見る。うん。でもなんにもないよ。だって、うそだもん。ガイドブックの後ろって何かあって困った時のトルコ語しか載ってなかったんだもん。
一同、大爆笑。
帰る時、お互い自然と、「ギュレ、ギュレー。」と手を振って別れた時、彼らにとって、僕達は、外国人のツーリスト、お兄ちゃんというよりただの友達だったんだと感じた。
とても幸せな時間だったな。

そして石灰棚パムッカレに着く。

Posted by : suwabe

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2007-03-03 19:53:24

誕生日。


初めての異国で迎える誕生日。今日は少し特別に、なんてブッフェに向かう。
「ブッフェ荒しのジャパニーズの恐ろしさを見せてやろぜ。」なんて言って食べ始めたが、わずか三十分で三人とも手が止まる。。。
ジャパニーズなんて、そんなもんだ。
言うことだけはアメリカンだけど。
それがくらいがかわいいでしょ。

いままで24年間付き合ってきたはずなのに、自分の胃の大きさなんて十分知ってるはずなのに、ブッフェと聞くと山ほど食べれる気がするのはなんでだろう。
けどそんな馬鹿みたいに小さな夢チャレンジできる仲間っていいな。
昔から割りと物分りのいい子だった。決まりや与えられたことはちゃんとやる子だった。いつも自分の事を理解して自分で限界を決めていた。でも本当の意味での自分ってなんにもわかっていなかった。このままじゃなんかいけないなと思った。家族に不満はなかったが、そんな自分が嫌だった。
高校で親元を離れ、男子校みたいなとこに5年間飛び込んで、ばかなことばかり探して、殻を破って、そうやって世の中を自分を勉強していった先に今の自分があるんだなぁと思った。
24歳の誕生日。昔ばかなことやって遊んでいた友達とトルコという広い世界のどっかで過ごした夜こんなことを思わされた。


お父さん。お母さん。ありがとう。




その後の話。
もうお腹いっぱいの僕達だったがお互いに強がるように「休憩がてら食中デザートでも食べますか?」ととびっきり甘いトルコデザートに手を出す。その甘さといったら甘いものには目がないと有名な僕でさえ、ちょっと甘すぎかなと思うほど。一口噛めば、どっとシロップが溢れ出す。そして、もう料理に戻れなそうと感じた僕らが取った作戦は、デザート集中攻撃大作戦!!!ちょっと戻しそうになりながらも、全部食べ尽くし、「これでブッフェ荒しのジャパニーズを思い知らせることができたね。」なんて大笑いながら帰った。

Posted by : suwabe

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2007-02-14 21:31:33

ギター少年。

恋の街、アンタルヤに向かう。選んだ理由は実に簡単だ。恋をしたいからだ。街に着くと心なしか他の街よりさらにきれいな人が多い気がする。体調を崩した一人を残し、街散策に出る。海の近くの公園でかわいい女の子を眺めている10人くらいの異様な集団に会う。どこの国の若者も暇つぶしの仕方は同じだ。女の子達が帰ってしまうと彼らの注意は僕達へ注がれた。英語のしゃべれない彼らは必死になってコミュケーションを取ろうと、ギターを手に取りトルコの歌を歌い出す。
僕達も適当に歌ってノル。すると、気が付けば、ダンスの練習をしている若者や散歩中やサイクリング中の親父まで集まり、大合唱。
彼らは決して歌が上手とは言えないが、みんなの心を掴み、そしてそれぞれの心の中に平和や幸せを作る事のできる素敵なうたうたいだと思った。
歌がうまくなかろうが、言葉がわからなろうが、伝わってくる何か、魂。
うん。やっぱり、ソウルミュージックがいい。決して僕が音痴だからとかじゃなくてね。

アンタルヤの夕日に照らされて、ギターをかき鳴らし歌う彼は、無敵のヒーローのようにも見えた。
きっと彼の手には銃も鉛筆も似合わないだろう。ギターが彼の自己表現なんだ。
ある人は銃を手に平和を与え、ある人は、ペンを手に平和を与え、またある人は、ギターを手に平和を与える。
一方では、ある人は銃を手に人を殺し、ある人は、ペンを手に人を殺し、またある人は、ギターを手に人を殺す。
何を持つかではなく、大切なのはソウル、魂なんだと思う。
ソウルミリタリーに、ソウルライター、ソウルミュージシャン。ソウル坊主に、ソウル主婦、ソウル乞食。。。
そんな人達で溢れたら、素敵な世界になるのかな。いや、でもならないかも。
大きな目標に近づくことができたら小さな違いでお互いを理解することが難しくなるだろう。それはそれでまた新しい問題を作ってしまうと思う。
うん。難しいな。
でも答えがないのが世界であり、自分であるのだと思う。世界も自分も無限大だ。
だからこそ、違っても素晴らしいんだと思う。みんな違ってみんないいんだ。
解っていてもそう思えないことが多いんだけれども、思えることが大切なんだ。そっから種は成長するんだと思う。

あー、なんか自分に言い聞かせるように書き綴り、話が飛躍し、着地地点を見失ちゃいました。いつもそんな感じなんだけどいつもよりも。すいません。これでもセーブしてるんですけど。。。

なんというか、ミュージシャンになりたいわけでもなく、何になりたいでもなく、ただ好きな歌を歌いたい時にがむしゃらに歌う。そのピュアでシンプルなエネルギーというかソウルに僕の心はガツンとやられたんだと思う。
ただ自分のしたいことをしたいようにしているからやられたということじゃなくって、そういう生き方の中で世の中に対する不平不満や曇りがなく彼が輝いていることにやられたんだ。きっと。
そんな男になりたいなと思う。

残念ながら恋の街アンタルヤで恋はなかったが、とってもいい出会いがあったことに感謝して一泊だけのアンタルヤを後にする。

Posted by : suwabe

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2007-02-08 01:25:46

廻り廻る世界。

イスラム教神秘主義のメビィラーナ教団は少し変わったお祈りをする。ただのショーではなくちゃんとしたお祈りを見たかったため、高い入場料を払い、シルクロードのキャラバン宿の中のモスクへと向かった。
厳かな雰囲気の中、雅楽に似たイスラムチックな音楽が始まり、それに合わせお祈りの人達が現れ、右手は天へ、左手は大地へ向け、廻る、廻る、廻る。20~30分廻り続け、曲が終わると同時にすぅっと止まり、また新しい曲が流れては廻り始める。気持ち悪くならないのかと心配になるが、見ているこっちはとっても気持ちいい。そして、時間が経つにつれて、その世界へ入り込み、僕の体の中でこの世界と違った時間が流れていく。

真言宗のお祈りでも、僧侶が何十人もお経を唱えながら四角を描きながら廻る中曲というものもあるし、チベット密教や東南アジアや日本の土着のお祭りにも旋舞のような踊りがあることが多い。

廻るという事にはなにか神秘的なモノがあるのだろうと思う。
地球も廻っている。
地球とシンクロすることで何かを感じることができるだろうか。

前に読んだことがある本でイスラム教神秘主義にこんな感じの話があったのを覚えている。
彼女の家に行って、「あなたは誰ですか」と聞かれ、「私です。」と答えた彼は、彼女に会うことができなかった。次に行った時に、同じ質問をされ、「私はあなたです。」と答えた彼は、彼女と結ばれた。という話だ。
イスラム教でもキリスト教でも仏教にも神秘主義があるが、それはどこと無く似ている。
きっと宗教の根っこは同じなんだろう。川がひとつの海に注ぐように。山が頂上に通ずるように。

そんな事を感じながら異教徒祈りに魅了され、あっという間に時が終わってしまった。
祈りっていいなぁと改めて感じさせられたカッパドキアの夜だった。


Posted by : suwabe

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2007-02-03 21:05:00

お兄さん、見つかりました。

旅での出会いは特別な縁を感じることが多いが、友達にとっても特別な出会いが訪れた。
カッパドキアのドミトリーで日本人7人で小さなパーティーをしてる時、いつもおしゃべりな友達が珍しくあまり話をせず目を丸くしている。そして何をいうかと思えば、
「なんか似てないですか?まさか、、、お兄さん?」
なんとなく雰囲気は似てるものの僕からしたらそんなに似ているわけではない。ましてや自分の顔を良く知っている本人が似てるというほどじゃないだろうと少し疑問を持つ。案の定、そう言われたお兄さんもあっけらかんとしている。
片方だけ眼鏡をかけていたので両方かけてみたら?ということでかけてみると、なんとそりゃあそっくりだったわけで。。。
落ち着いた性格のお兄さんの方もびっくり。みんなで大はしゃぎ。
兄弟は兄一人で、その兄と似ていないことが少し悩みだった友達は、本当のお兄さんに会えたと感動のご対面モノだった。
半分冗談といえば冗談で、しょーもないことといえばしょーもないことだが、そんなことに一緒になって大興奮し大笑いできる旅仲間をとっても素敵に感じる。

旅仲間達が今、素敵な時間を過ごしていますように。

Posted by : suwabe

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2007-01-31 20:37:40

隠れ信仰~陽の当たらない世界~

すごいなぁ、どうやって作ったんだろう?という疑問と同時になぜ作ったんだろう?という疑問が浮かぶ。かわいい形のした奇岩が広がるカッパドキアは決して夢物語のような所ではないと感じる。
ここはいままでたくさん見てきた権力の象徴かのようなローマ遺跡や教会とは違い、自然をうまく利用し隠れるように作られている。キリスト教が迫害を受けたときの隠れ家として使われていた洞窟群もたくさんある。サンタクロースが修行してたとされるイコン画が描かれた洞窟教会や、地下何十mにも及ぶ地下都市もある。その地下都市には教会はもちろん、教室、炊事場、家畜部屋、ワインセラーまであり、この当時の人がここの中でほとんどの時間を過ごしていたことがわかる。たった数時間入っているだけでも感じる、恐怖感と寒さ。日夜、迫り来る何かに怯え、心安らかになる時などない生活を営んでいたのだろうと思うとなんとも言い難い気持ちになる。そんな中で唯一の心の支えがキリスト教である宗教だったのであろう。
西洋思想的な宗教において、不安も安心も宗教から生まれている。
改めて宗教とはなんだろうと考えさせられ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であるエルサレムを想う。

Posted by : suwabe

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