2006-12-09 14:16:41

旅は恋に似ている

帰国して1週間がたちました。
東京へ戻ってきて、7ヶ月前と変わらないこの自分の部屋から、最後のブログを書きたいと思います。

「旅は恋に似ている」って、この旅のはじめに書きました。この旅を始めるにあたり、このブログを書くにあたり、なんで旅したいんだろう、なんでブログ書きたいんだろう、いろいろ考えた末、恥ずかしいけどそう書きました。
恥ずかしいけどでも、本当にその通りだなぁって、今思います。
こんなにも自分に素直になれて、心を裸にできて、愛しいものを見つけられて、感謝の気持ちを感じられる。ここにいる喜びや明日への希望が満ち溢れ、幸せは何倍にも、悲しみや苦しみは何分の一にもなる気がする。それは自分だけじゃなく、出会った世界、繋がった手と手、リアルな温度、そのすべてにとってそう思う。
だから、旅は恋に似ている、って思うのです。
なんて言って、そんなに恋したことあるわけじゃないし、恋なんて人それぞれだろうし、なんだか書けば書くほど、恥ずかしくなってきました。

誰にでも、「きっかけ」とか「影響」とかを与えてくれる人が、必ずいると思います。
いいきっかけも、悪い影響も、いろいろあるけれど、その連続が今の自分をつくってきた。それに間違いはない。私にとっていろいろなきっかけや影響を与えてくれたものに旅があって、旅で出会った人々がいて、旅を支えてくれる人々がいて、だから今回の旅を決めました。これまでの旅で感じた感謝を返したかったし、感じた感動を分かち合いたかったし、感じた感情を伝えたかったから。私に「きっかけ」や「影響」を与えてくれたすべてのものすべての人に対しての、大切な気持ちから生まれた旅でした。

誰にでも、そういう存在が必ずあると思います。
そういうものを、そういう人を、どうぞ大切にしてほしいと思います。
「ありがとう」とか、「大好きだよ」とか、そういう「大切に思う気持ち」を、ずっと、いつも、どんなときでも、どんなところでも、持ち続けていたい。持ち続けていてほしい。と思います。

世界を旅することは世界に恋すること、大切な人大切な場所大切な気持ちに出会うこと、でした。この7ヶ月のときを通して、たくさんの「大切なもの」ができました。
宝物は、いっぱいあるに越したことないと思うんです。私は欲張りだから宝物がいっぱい欲しい。でもそんな欲張りはきっと、感動や感謝をたくさん与えてくれるはず。現に今、目を閉じるとこんなにも多くの宝物がまぶたの裏に広がって、とても嬉しくて幸せな気持ちでいっぱいになります。返したい分かち合いたい伝えたい思いもさらに尽きないけれど、私の人生がその連続で続いていけるなら、こんなにも嬉しいことはありません。

これからもずっと、この大切なものを大切にしていける人になりたいと思います。大きなバックパックを置いても、いつもの小さなバックの中でも、ジーンズのポケットでも、いつでも大切な思いを持ち続けていたい。
それは何も特別なことじゃない。旅も、世界も、こんなにも身近で、自分のいるこのひとつの世界なんだから。大切なものは、かけがえのないこの自分の素直な気持ちなんだから。
そう思います。

最後に。この場を与えてくれたゲンタマのみんな、この旅を許してくれた父と母、この旅を支えてくれたすべての人に、感謝の気持ちを込めて。
ありがとう。大好きだよ。

2006年12月9日 久保田晶子

Posted by : kubota

pagetop

2006-12-05 19:47:01

帰国

12月2日、無事に日本へ帰国しました。
7ヶ月のときを経て戻ってきた日本は、懐かしくて、けど新鮮で、ということはひとつのものを懐かしい気持ちと真新しい気持ちとのふたつから見られるということで、それはとても、とても嬉しい自分との出会いでもありました。
いま、静岡の実家でのんびり過ごしています。

トルコからタイに戻り最後の一週間を過ごす中で、できればその最後のときの特別な思いを、そのときその場からありのままに伝えられたらよかったのですが、前回のブログを更新した直後、突然原因不明にブログが開けなくなってしまい、更新もできず、そのまま帰国となってしまいました。その間ここを訪れてくださった方には大変ご迷惑をおかけしました。なんとか修復が済み、またここへこうして綴れること、改めて嬉しく思います。
でも、日本からこのブログを書くなんてなんだか不思議な気持ちで、それこそ懐かしくて新鮮で、ちょっとくすぐったい思いです。

さて、1週間のバンコク滞在、7ヶ月の旅の終わりを前に、どんな時間を過ごしていたのかと言えば、ただ何もせずどこへ行くわけでもなく、バンコクの忙しく賑やかな街の様子とは対照的に、私はとてもゆっくりと、とても穏やかに、その時間を味わっていました。まるで1秒1秒のときを噛み締め踏み締めるように、この7ヶ月間の思い出・思いを振り返りながら、その時間を豊かに過ごすことができました。
べトナム、タイ、トルコ、シリア、ヨルダン、イスラエル。訪れた国それぞれで、それぞれの出会い、それぞれの経験、それぞれの感動をすることができました。当初の予定とはやや変わってしまった部分もあるのですが、でもこれが、そのときその私の歩むべくして歩んだ道、出会うべくして出会った世界だったと、今振り返りとても充実した思いです。
特にフエとサムイでは、本当にすてきな出会い、ありがたい経験をすることができました。
何も特別なことをしたわけではないけれど、なのにとても特別な思いをもらいました。今感じているその思い、感謝や愛情は、きっと一生忘れることなく、また、これからの私の土台になると感じています。
そんな新しい出会いや初めての経験をいろいろとすることができただけでなく、それ以上に、こんなにも自分と向き合えたこと、こんなにも自分を支えてくれる人に気づけたこと、こんなにも時間を豊かに感じられたこと、もともとそこにあったもの手に持っていたものの価値を本当に知ることができたこと、だからこそ、こんなにも充実した時間を過ごせたのだと思います。

日本を出てから7ヶ月がたったなんて、今もまだ信じられません。
旅に出ると決めてからもう1年以上がたったなんて、やっぱり信じられません。
それはあまりにも早かったというだけじゃなく、たったそれだけの時間しか経っていないことが嘘みたいに、本当にたくさんのものを得られ吸収できた時間だったからです。
その過ごした時間の実感を、帰国して数日、すっかり寒くなっていた日本の季節や、その中でひとり日に焼けた自分の肌や、時間通り正確にやってくるバスへ逆に戸惑う自分を見つけ、感じています。
あぁ、帰ってきたんだな、戻ってきたんだな、ひとつの区切りが、終わったんだな。。。
終わりへの寂しさと同時に、始まりへの楽しみを感じています。この旅があったからこそこれからがあると思える、今のこのワクワク胸弾むような気持ちを、心地よく感じている毎日です。

「ごはんだよー」母の呼ぶ声がしました。
帰ってきたという実感は、そんな何気ないいつもの一コマの中にあり、ここにいる喜びは、そんな何気ないいつもの一コマの中にあります。
新しい気持ちもこれまでの気持ちも、すべて本当に愛しく大切に思えるようになった今、この7ヶ月のときを過ごしてよかったなと、嬉しく思います。
家族の存在とこの7ヶ月のときが、今夜の夕食をさらに美味しくしてくれます。
今夜のごはんはなんだろう。ではいってきます。

Posted by : kubota

pagetop

2006-11-26 00:10:35

タイに戻ってきました

約1ヶ月ぶり、タイへ戻ってきました!
気温35度・・・
「暑い」以外の何の言葉もありません。

ちょっとした時差ボケで、今日はぼんやり過ごしてしまいました。
飛行機の力を借りると、こんなにも遠い距離をひとっ飛びで移動してこられます。
まるで時空を越えるようです。
寒かった中東から暑い暑いタイへ戻ってきて、当たり前のことかもしれないけれど、ひとつの地球上で、おなじ時間の流れの上で、こんなにも違う気候の世界があるんだなぁって実感しています。こんなにも違う言葉、こんなにも違う風景、こんなにも違う文化、こんなにも違う考え、、、。
けどそれらを違和感なく感じ受け止められている自分に気づき、またひとつ嬉しい気持ちになりました。

タイ滞在、一週間の予定です。
12月2日、日本へ帰ります。

Posted by : kubota

pagetop

2006-11-24 08:21:38

次の目的地

様々な景色、光景、文化、人間の中で、いろいろな思いを感じ考える毎日です。シリア→ヨルダン→イスラエルとまわり、トルコに戻ってきました。その1ヶ月の間ですっかり冬になったトルコを満喫しています。
写真は先日行ってきたカッパドキアの一枚。カッパドキアは、こんな風にソフトクリームのような形をした岩や、きのこの形をした岩がにょきにょき並ぶ、とってもユニークな風景のかわいい町でした。イスタンブールよりはるかに寒く、もう降雪もあったというほどで本当に凍えるようでしたが、でも自然の不思議をまた感じることができ、とても楽しい2日間でした。

・・・そんなトルコ満喫の日々も、実はもう、今日でおしまいです・・・
明日の朝トルコを出て、タイへ向かいます。
今回の中東旅行の出発点となったタイへ戻り、日本へ帰国しようと決めました。
私の7ヶ月に及ぶこの旅も、とうとう終わりのときがやってきます。

はっきりと帰国を決めたときはいつだったか、そのきっかけとなったものは何だったか、それは明確にはわかりませんが、ごくごく自然と、あぁそろそろ帰国のときだなぁと思うようになりました。帰国を意識するようになってからは正直、早く帰りたくて仕方がありません。とっても貴重な経験をしていて、とっても贅沢な時間を過ごしていて、とっても充実した気持ちを感じているのに、なのにそれが大きくなればなるほど、日本に帰りたいなぁと思う気持ちも大きくなっていきます。

それはきっと、自分の手の大きさ、足の大きさ、心の大きさを掴むことができたから。この手で掴み守れるもの、この足で進む速さその歩むべき方向、この心で大切に抱えられるもの、それらが見えてきたのではないのかと思います。
それは自信という意味でなくむしろ不安もまじったありのままの気持ち。
その気持ちに素直に向き合えるようになったありのままの自分。
だからこの貴重な経験、贅沢な時間、充実した気持ちを、与えられ感じられ過ごすことのできた旅を終え、今度はそれを生かし、少しでも分け合い感じ合えればと思います。
その場所が、私にとっては日本。その機会は、旅ではなく日常。

今漠然と抱くこの気持ちは、帰国が終わりではない、という感覚です。
この毎日はもちろん非日常、特別な時間だと思いますが、そこで出会った気持ち、感じた思いは、決して特別なものなんかじゃありません。
だから帰国は終わりじゃない。今のこの延長。いつまでもどこまでも続く自分の歩むの道の一点。次の目的地:日本、そんな気持ちです。

1ヶ月ぶりのバンコクは、きっと今の体には驚くほど暑いだろうと思います。汗かくのも久しぶりかな。
日本までの数日、1ヶ月前とはきっと違って見えるバンコクで、最後の整理、それは増えた荷物と気持ちの整理、じっくりとしたいと思います。

Posted by : kubota

pagetop

2006-11-23 09:57:49

舵を握る手

こうしていろいろなところでいろいろなものと出会うと、必ずと言っていいほど、私の前には歴史の壁が立ち塞がる…。「知ることから始めよう」と思っている日々だが、私には知るべきことがあまりにもたくさんあるようだ。

むかし学校で学んだ教科書の中の出来事は、まるで神話を聞いているような感覚で、まったく実感も湧かなければ、まったく興味もひかれなかった。
高校時代の成績は、世界史も日本史も、とんでもなくひどい。

けれど今私のいる、私たちのいる、この土地この時、この世界は、神話でも作り話でもなければ、現実であり事実である。
大昔の他人事だと思っていた教科書の中の神話は、それがあってこそ今があり、この世界の仕組みが出来上がり、人の心、時代の流れが作られている。歴史という過去は現在と別物じゃなく、現在と繋がる現在の一部なんだ。だからそれが今でも深く深く根を張って、絡み合って、人の心に怒りや憎しみや悲しみを生み続けていることだってある。

それを知らなかったあの頃の私は、なんで歴史なんか勉強するんだろうって思っていた。
けれどこんな風に歴史が現在の一部なんだって知ると、それを知らないわけにはいかないと納得する。
現在とは例えば帆を張るヨットで、歴史とはそこに吹く風、未来とはそのヨットの進む航路。風の力を受け風の力を借り、そして協力し合い知恵を出し合い助け合い舵を取ることで、ヨットはレールのない大海原の上を思う通り進んでいける。どちらが欠けてもいけない。

そのヨットの上で舵を取るひとつの手が、この自分の手だと意識してみる。今を動かしてるのは特別な人たちだけではない。ここにあるそこにある、この何でもない普通の手、自分の手。
大きなヨットの中で、自分ひとりはとても小さな存在だけれど、その小さなひとつの持つ意味、持つ意志、この手には価値がある。だからここにいるんだ。いるんだよ。

知ることから始めた私。まだまだ足りなくてこの手は頼りないけれど、腕をいっぱい伸ばして舵の一端を握る意志を忘れずにいたい。そしてもちろん、これがみんなの舵であるということも。
これから先このヨットの進む海は、きっと穏やかで美しくて、心地よい風が吹き、絶え間ない笑い声が大空に響き渡っているだろう。願いじゃなく、意志としてそう思う。

Posted by : kubota

pagetop

2006-11-17 21:22:37

知ることから始めよう

パレスチナの壁を目の当たりにしてから、なんとも言えない思いが私の中に渦巻いている。それは悲しみなのか、怒りなのか、恐怖なのか、疑問なのか、自分でも明確に掴みきれない。けれどとても重く苦しい思い。この思いを理解しようと自分に問いかけるとき、私は心が痛むのをはっきりと感じる。

しかし第三者の私が、第三者どころかもっともっと離れたところにいるのかもしれない私が、言えることは何もない。
どちらが悪いとも何がおかしいとも言えない。
ただ、わからない。けど、わかりたい。TRUTHを知りたい。

動物じゃない。子どもじゃない。意志があるし、理由があるはず。みんな平和を求めてるんだ。けれどその求め方が歪み始めている。
しかし何が基準で、何が正しくて、何が歪んでいるのか、それも不安になってくる。

イスラエル・パレスチナを訪れいろいろな人に出会って知った事実は、
すべての人が悪いわけじゃない。
すべての人がいがみ合ってるわけじゃない。
すべての人が奪い合ってるわけじゃない。
けれどすべての人が傷ついている、ということ。

みんなを傷つけるもの、みんなの首を絞めるもの、それは何だろう。
誰もほどけないほどにきつく固く絡み合ってしまった糸の中心にあるものは何だろう。
けれどその糸をほどくには、手品みたいに簡単な方法なんかない。ひとつひとつの結び目を、ひとつひとつ人の手で、やさしくほどいていくしかない。

絡んだ糸をほどくには、イスラエルとパレスチナの人々の手だけでは足りない。
実際、この糸はイスラエルとパレスチナだけではないところまで長く深く絡んでいる。
あの世界を震えさせた9.11同時多発テロだって、根底にこの問題を抱えている。
だからすべての人がすべての手でもって、その糸に触れること、努力を寄せ合うことが必要なんだ。

そのためにできること。
私はまず、「知ること」だと思う。
与えられた情報がすべてじゃない。与えられた情報がぜったいじゃない。何が基準になっているのか、何が正しいのか、何が偽りなのか、何が隠されているのか、、、
知ること、疑問を持つこと、表現すること。自分の手で。自分の目で。自分の頭で。自分の心で。
すべてのことは、知ることで経験になる。疑問を持つことで意志が生まれる。表現することで形になる。
それが糸をほどくと信じて。

イスラエルを出てトルコへ戻ってきた。
知りたいことはまだまだある。考えるべきこともまだまだある。
それはどこにいてもできること。日本でも、誰にでも。

Posted by : kubota

pagetop

2006-11-17 05:09:04

WALLS CAN’T HIDE THE TRUTH

宗教のもたらした大きな問題に、イスラエル・パレスチナ問題がある。
両国それぞれがこの地を自分の土地だと主張し、それをめぐって争いが続いている。

エルサレムに隣接するパレスチナ自治区ベツレヘムに行って来た。
イスラエルとパレスチナの間には、コンクリートの厚い壁が築かれていた。それは宗教の壁、お互いを認めない心の壁である。とても高くとても冷たい壁だった。
・・・壁の中に住むとはどんな気持ちだろう。
・・・壁の向こうから太陽が昇り、壁の向こうに太陽が沈んでいくとは、いったいどんな気持ちだろう。
これまでのすべての経験を総動員したところで、私なんかには想像できないほどの気持ちだ。
リアルな壁を前に、胸が苦しくて痛くて、張り裂ける思いがした。

壁には多くのメッセージが書かれていた。一つ一つのメッセージを読みながら歩く。
パレスチナ解放を願う声。神に助けを求める声。奪われた命を悲しむ声。。。
悲痛な叫びに、足取りは一歩ごと重くなる。
そんな強く心を締め付けられる言葉ばかりだが、それを書くのはパレスチナ人、もしくは私たち訪問者。イスラエル人は決して、壁の外というのか中というのかこのパレスチナ側に書かれたメッセージを見ることはないのだろう。
この願い、この叫びは、まるで届かないのだ。

皮肉なくらい眩しく温かい日差しが壁を照らす中、あるメッセージに私は思わず立ち止まった。

「WALLS CAN’T HIDE THE TRUTH」

・・・TRUTHとは何なのか・・・

イスラエルが壁を築いた意味、有刺鉄線を張りめぐらす意味、警備という名の時に攻撃を続ける意味。すべてのTRUTHとは何なのか。今もなおパレスチナ側からの投石に対し、イスラエル兵の銃弾が返る。
自分たちの土地だというそれぞれの思い。取り戻したいというそれぞれの願い。けれど欲しいのは土地であって人の命じゃない。彼らは平和が欲しいと言い、そう言う度に憎しみが増す。
何かがおかしいと思う。

どうしてこんなことになってしまうのか。いったいどうしたいのか。いったいどうしたらいいのか。
私にはわからない。わかることができない。
TRUTHとは何なのか・・・

けれど私には感じることがあり、この目で見た真実がある。それは私の経験で、感情で、すべてが真実だから、それを偽りなく、過不足なく、考え続け、そしてこうして伝えていけたらと思う。
すべての壁がいつか取り払われることを願う一つの形として。

Posted by : kubota

pagetop

2006-11-16 06:39:11

エルサレムで思うこと

イスラエル・エルサレムへやってきて5日が経ちました。
今回私がエルサレムへやってきたのは、ここが歴史的にも、宗教的にも、政治的にも、文化的にも、とても興味深い土地だから。
ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の3つの宗教がどれも聖地とするエルサレム、たくさんの思いが交錯するこの土地で、経験を深め、出会いを広げ、私なりの思いや気づきに出会えたらと思う。

けれど実際にやってきたエルサレムは、興味深いどころか自分の無知さ無力さを思い知るほど、深く暗く難しい問題を抱えていた。
勇気のない私は、そして経験も知識もない私は、ここで私なりの意見を書き表すことをしないが、けど1つだけ言えることは、この地には考えさせられることがたくさんある、ということ。
それはきっと、誰もが考えるべきこと、知るべきこと、だと思う。

町で人とすれ違うたび、この人の宗教は何だろうか、この人の願いは何だろうか、と思う。
そんな思いをこんなにも感じる土地は他にない。
全身を黒で覆い山高帽を被った紳士と、髪から肩までをベールで隠した婦人がすれ違うとき、その空には教会の鐘の音が響き渡るとき、私はそんな思いを抱かずにはいられない。
それくらい、この考えるべきことは、誰もが歩く道の上に、まるで自然に存在している。

宗教ってなんだろう
神ってなんだろう
信じるってなんだろう
生きるってなんだろう

私にはわからないこと、理解できないことがたくさんある。
けど宗教が人に生きる喜びだけでなく、こうして憎しみ・悲しみをも与えている以上、
そんな私でも、「関係ない」なんて言えない。
他人事なんかじゃないんだ。

※写真:ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」では毎日多くのユダヤ教徒が祈りを奉げている。その壁の裏がイスラム教の聖地「神殿の丘」である。神殿の丘に立つ黄金に輝く岩のドームは、イスラム教にとってもユダヤ教にとってもキリスト教にとっても、それぞれに言い伝えのある重要な場所。3つの宗教が、まさに隣り合わせ、または重なりあって、ときに奪い合って、この地に存在しているのである。

Posted by : kubota

pagetop

2006-11-13 08:13:45

6ヶ月のとき

11月11日、日本を出てからちょうど半年が経ちました。
その節目の日、私はヨルダンのアカバから国境を超え、イスラエルのエイラットでエルサレム行きのバスを待つこと6時間… 特別な日を、そんな風に時に流されるまま過ごしていました。
あぁ私、何やってんだろうなぁ…って思うこと、実はたくさんあります。
なんでこんなとこにいるんだろう… なんでこんなことしてるんだろう…
その連続の6ヶ月でした。
何かを求め続けている気がします。その何かが明確でないのに、それでも求め続けて、もしかしたらまるで見当違い、的外れなことをしているかもしれないのに、それでも求め続け探し続けている気がします。
けれど、この6ヶ月間の中で得られたのは、
答えがないことを恐れないということ。
終わりがないことを諦めないということ。
肩に力の入り過ぎている私を、いつも日本から癒してくれる母や友。
目的を見失いそうになる私を、いつも日本から励ましてくれる父や友。
そんなみんながいてくれるからこそ、こうして6ヶ月ものときを歩んでこられたのだなぁと、感謝の気持ちを実感できる時間を、バスの待ち時間6時間は与えてくれました。
こんなに日本を離れたのは初めてで、こんなに自分に向き合うのも初めてだと思います。
いい時間を過ごせていると、今胸を張って言える気がします。

今日、イスラエル発トルコ行きの航空券を買ってきました。
トルコに戻ってトルコからバンコクへ飛び、バンコクから日本に帰ります。
帰国の日がだんだんと近づいている実感、焦りもあり安堵もあるその正直な感覚を、等身大の自分の上に、感じています。

Posted by : kubota

pagetop

2006-11-11 03:58:19

圧巻ぺトラ遺跡

アンマンを出てペトラへやって来た翌日、早速ペトラ遺跡へ行ってきました!
お天気にも恵まれ、仲間にも恵まれ、早朝から夕焼けまで、十分に時間をかけてまわってきました。遺跡の中を歩くうちに体温とテンションがあがって、Tシャツ一枚、体中でペトラを楽しんできました!こんな風に!


さて、ペトラ遺跡はヨルダン最初の世界遺産で、先月のパルミラ遺跡同様、紀元前ローマ時代に栄えた都市です。長い間「外の人間に知られぬよう隠され守られていた秘密都市」というだけあって、まわりは険しく鋭い山々に囲まれており、その大自然の中にひっそりと、しかしとてつもない大きさで佇んでいました。
上の写真は遺跡を楽しむこと5時間目くらいのことなんですが、歩き疲れるどころか、驚き疲れるどころか、こんなにもテンションあがっちゃうくらい、ペトラの遺跡は壮大で、華麗で、感動的でした。

まずは時間を戻して遺跡までの道。ペトラ巨大遺跡郡は、敷地内に入ってからもそれらに到達するまでにまず細く長く続くシークを歩かなければなりません。そのシークがまた圧巻で、なんと100mもの高さがある岩と岩の間を通り抜けて行くのです。朝日を受け赤く染まる巨大岩のマーブル模様は幻想的で、想像を超えるスケールと美しさに早くも圧倒されてしまいました。
そんなシークを歩くこと30分、目の前に突然、頭上高く高くまで続く岩と岩の間から、美しく鮮やかな建造物が現れました。

こんな感じで。
100mもあるという岩の大きさは、前を行く人との対比でいかに大きいかってことがわかるかと思います。こんな道を歩いて30分、その隙間から見え始めたのが霊廟エル・ハビネです。ようやく遺跡のスタートに辿り着いたわけです。ここからがいよいよスタートだというのに、そのスタートの遺跡エル・ハビネにまず声を失いました。太陽が少しずつ上がるにつれ岩山の間から日光が差し込み、多彩に色を変えていくエル・ハビネ。とてもロマンチックなその色合いに、朝の凍えるほどの寒さも忘れ、ただただ見入ってしまいました。


このエル・ハビネはもちろん、ペトラの遺跡はすべて、岩をくり抜いて造られています。どの遺跡も大自然の中に、まさに言葉通りすっかり溶け込んでいるのです。その想像を超える自然の壮大さと、その中にさらに想像を超える建造物、都市を造り上げた人間の力を目の当たりにして、もう感動を超えた感覚でした。

次に王家の墓。これもその壮大さは、まわりの人間の小ささから想像できるかと思います。この巨大かつ繊細な彫刻遺跡が、さらに巨大な岩山の中に、こんなふうにくり抜かれているんです。

ね。もう、出てくる言葉は「はぁ~」という感心感服のため息だけでした。

この他にもたくさんの遺跡が待あり、朝7時に宿を出てから17時までの10時間、実にたっぷりとペトラを味わいました。その一つ一つ一瞬一瞬の思いをすべてお伝えすることができないのが残念ですが、私の表現力だけではもうペトラ遺跡に申し訳ないほど、想像力・表現力を超えた、壮大で雄大な大遺跡・大自然だったのです。

10時間のペトラ満喫の間には、遺跡の中にある小高い山を二つほど登りました。登ってみてさらに、この遺跡がどれだけ偏境の地にあるか、秘かに隠されつくられたか、を実感しました。また自分の体力の無さ、運動不足を思い知りながらも、途中途中で見られる数々の遺跡や、太陽の角度・日差しの強さによって見事に変化するマーブル模様の岩肌の色彩に、感動の連続でした。そんな感動のおかげでなんとか辿り着いた頂上!

達成感のあまり清々しい表情してますが、見ての通り本当にすごいところです。
こんな山の上、こんな高さのところにまで、ナバタイ人は神殿を築いていたのです。

歴史というのは本当に想像がつきません。どうしてこんなところにこんなものを造ったのか、当時どうやってこんなものを造ったのか…そんな驚きや疑問や感動は、世界の各地に存在しているようです。そう思うとたとえば2006年のこの世界も、あと数千年後にはまるで驚きと疑問ばかりの解明されない世界と言われるのかもしれません。そんなことを想像すると、この世にこうして生まれてきてこの時代を生きていることが、なんだか新鮮で、嬉しくて、楽しくて、面白く思えてきます。それに、これから先生まれ続ける新しい命、新しい文化に、この今が続いているのだと実感することができます。

私が旅好きなのも、こうして遺跡を訪れてみたりするのも、出会いや感動を求めているからだけじゃなく、今のこの世に自分がいるということを、より強く、よりリアルに、感じ続けたいからなんだと思います。そのために自分のいる世界を知り、その世界の歴史を知りたいのだと。
日本から遠く遠く離れたヨルダンの、昔むかしの遺跡の中で感じるのは、世界の大きさと歴史の深さと、けどそのすべてがあって今がある、そしてそこに自分がいる、というリアルな感覚です。それはつまり、世界は決して遠い存在じゃない。ぜんぶぜんぶ繋がってるんだ。ってことを教えてくれます。
世界ってすごいな。歴史ってすごいな。その中にいる自分も、なかなかすごいな。
って、自惚れじゃなく、気づきとして思います。みんな、すごいんだね。

Posted by : kubota

pagetop